素人が芸術作品を徹底的に考察してみる

小説や映画、絵画、現代アートなどを考察するブログです。素人が自分の知識と偏見で書くのであしからず。

カテゴリ: 小説を考察

小川洋子「海」。
平成21年に発行された七つの短編小説を収めた文庫本です。
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その短編中に本のタイトルと同じ「海」という小説があります。
今回はこの「海」を考察してみようと思います。











あらすじ

結婚の挨拶をするために、彼女の実家に訪問する主人公とその彼女。
彼女の家族とぎこちない会話をしながら食事をともにする。
主人公は彼女の「小さい弟」と同室で就寝することになった。

「小さい弟」はザトウクジラの胃袋や飛び魚の羽で作った「鳴鱗琴(メイリンキン)」の奏者であった。主人公は弟に鳴鱗琴の演奏を乞うが、鳴鱗琴には海からの風が必要で、家の中では演奏できない。

その後、「小さい弟」は死を装うとこで、敵から身を守るオポッサムの映像を見て、就寝する。

弟が就寝した後に、主人公は鳴隣琴を見ようと手を伸ばすが、箱を開けることなく、そのまましまうのであった。
















全体的に配置された「死」の匂い

この話には「死」を感じる兆候が散りばめられています。

・彼女の実家までの道のそばを流れる「川」
→一般的に、川は世界の境界を示すことが多いモチーフです。
川沿いを歩くことで、死は日常のすぐそばに流れるということを象徴しているのではないでしょうか。
死は生と遠いわけではないという意味です。

・「泉」という恋人の名前
→川や海同様、水に関係する恋人の名前「泉」。
これも世界との境界。死が主人公と隣り合ってることを示しているのではないでしょうか。

・キノコの天ぷらを食べた後のおばあさんからの「毒があるかもしれませんからね。」
→一番死に近い90歳のおばあさんから発された死を暗示するような言葉。
また、このおばあさんは主人公に合掌することも多く、これも死を暗示しているのかもしれません。

・「死に真似」するオポッサム
→主人公よりも頭一つ背が高い「小さい弟」。
その弟は就寝前に「死に真似」するオポッサムの映像を見ます。
オポッサムは「死に真似」することで、敵が怯む瞬間に逃げ出すのです。
これも「死」を連想させます。
さらに、見ているのが背が大きいくせに「小さい弟」と呼ばれる彼女の姉弟。

死に近い老人、そして、最も若い人間もまた、最近まで生きてなかった(生まれてなかった)という意味で死に近いのではないでしょうか。
そのために大きくなっても、若いことを象徴する「小さい弟」と言われるのです。


・海の音を届ける鳴鱗琴
→川と同様に三途の川を彷彿させる海
そこからの風をただ、増幅させるだけの楽器「鳴鱗琴」。
海を三途の川とすれば、海から風は「死の音」。
それを伝える楽器が「鳴鱗琴」という訳です。











これらのことから、最後のシーンを考察します。

小説の終わりは、主人公が「鳴鱗琴」に惹かれ、箱を手にするも、中身を確認することなく、元に戻すことで、終わります。

死の音を意味する鳴鱗琴。

人間は死と隣り合わせで生きています。
そうして、主人公は「死の知らせ」を意味する「鳴鱗琴」を確認することなく、元あった机にしまうのです。

いつでもやってくる「死」の知らせ。果たして人間は自分の「余命」とも言える「死の知らせ」を知りたいのでしょうか。
興味があるものの、知ってしまうことは避けたいと思うのが本能なのかもしれません。

日常は死に溢れています。しかし、それに気付かないフリをして生活をしているのが私たちなのではないでしょうか。














この「海」という作品は、小川洋子の特徴である、キレイな文体で書かれています。
「薬指の標本」を彷彿させる文章です。

またこの文庫本には、他にも数点の短編が納められています。
正直、難解なものもあり、一度に読破しようとすると、結構疲れるてしまうかもしれません。

小川洋子が好きな人にはオススメの小説です。

終わり。





【参考文献】
小川洋子,平成21年3月1日発行,海,新潮社

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小川洋子の「薬指の標本」。


小川洋子は過去に芥川賞を受賞し、現在も芥川賞の選考委員会をしていることから、文学性の高い作中を執筆する作家さんです。

「薬指の標本」はそんな小川洋子の作品だけあって、しっかりと裏のストーリーまで練られています。
(裏のストーリーがあることは、芸術とそれ以外の分ける重要な要素と私は考えています。)

さらにこの小説は短編で90ページほどしかありません。すぐに読み終わることが出来、じっくりと思い返し考察することができます。

小川洋子の小説は比較的長編の「博士が愛した数式」が有名ですが、私は「薬指の標本」がオススメですす。

今回はこちらを私なりに考察してみたいと思います。
「そんなことワザワザ言わなくても分かっている」くらいの当たり前なことも書きますので、ご了承下さい。










あらすじ


サイダー工場で薬指を欠損した「わたし」は会社を辞め、標本製作所で勤務することになる。

小鳥の骨、キノコ、楽譜…
標本製作所には、様々な人が「閉じこめておきたい」思いの詰まったモノを持ち込む。

「わたし」は勤務しているうちに、標本制作者の弟子丸から身体にピッタリとなる革靴をもらう。
あまりにもピッタリな革靴は「わたし」を侵食しているが離すことはできない。

そんなある日、火傷をおった少女が顔の火傷を標本にしたいと申し出る。そしてその少女は標本室から出てこない。
そして、「わたし」は、過去に勤務していた従業員の多くは、突然、パタリと消えたことを知る。

後日、「わたし」は身体から離すことのできない「薬指」を標本にしてもらうため、標本室に訪れる。








薬指の欠損が意味するもの

サイダー工場の機会に挟まれ、薬指の一部を欠損する「わたし」。

薬指といえば、結婚指輪をはめる指ですよね。

つまり、薬指を欠損するということは、主人公の恋愛が結婚に結びつかない(恋愛が永遠に続かない)ことを暗示していると思われます。












靴でチョウを踏む

弟子丸氏から貰った革靴。
これを重要が初めて履いたとき、「途中で四回、蝶々を踏んだ」そう。(4)

チョウというのは芸術では霊魂の象徴と言われます。(1)
このことから、靴が主人公の命を奪う(標本になる)ことを暗示しているのではないでしょうか。











靴は性行為の象徴

弟子丸氏から貰った靴。
この靴は物語中で重要な役割を担います。

靴は心理学に女性や性行為といったことを象徴するものです。(2)
例えによく出されるのが「シンデレラ」。
王子様が探していたのは実は性行為の相性が良い相手ということです。

物語の主人公が弟子丸から靴を貰い、その靴が身体にピッタリなのは、性行為を暗喩しているのです。

そして、靴が主人公を侵食するということは、主人公が恋愛にハマっていく様を裏のストーリーとして暗示していると思われます。










弟子丸=decimal

標本技術者の弟子丸氏。
あまり聞かない名前ですよね。

弟子丸はカタカナで書くとデシマル。
デシマルといえば小数点を意味する用語です。(3)

小数点は1と0の間に置くもの。正数と小数の境界を意味します。

標本技術者の弟子丸氏は現実世界の「モノ」を「標本」に置き換える、まさに「境界」の人です。

このように弟子丸氏という名前は、標本と境目を意味することを示しているのです。

また、このように数学の用語を用いるのは、数学用語を多用する「博士の愛した数式」を書いた小川洋子ならでは、と言えるポイントです。














標本になるということ

標本は誰に自慢することもない、思い出すこともなく、そっとしまい込んでおきたいもの。

作中でも標本について、
「…封じ込めること、分離すること、完結させることが、ここの標本の意義だからです。」(4)
と語られています。

自分の中に封じ込め、そっとしまい込んでおきたいもの…




これって過去の恋愛のことですよね。








主人公が作中で、火傷の少女が気になったのは、過去の恋愛が気になるということではないでしょうか。

確かに愛した人の過去の恋愛ほど気になるものはありません。

過去の思い出は美化されるもの。
愛する人の過去の思い出を超えることは出来ないのではないか…と、恋愛中は錯覚してしまいます。



つまり、弟子丸氏の標本になるということは、弟子丸氏の過去の恋愛の記憶となることを暗示しているのではないでしょうか。

その証拠にこの小説のタイトルも「薬指の標本」。
薬指は恋愛の象徴。

よって
薬指の標本=恋愛の標本
を意味していると思われます。



主人公が標本になるときの描写も、死を意味するはずなのに、悲しみはありません。

実際に、小説中にはこのような記述があります。

「弟子丸氏はわたしの標本を大事にしてくれるだろうか。時々は試験管を手に取り、漂う指を眺めてほしいと思う。わたしは彼の視線を一杯に浴びるのだ。保存液の中から見える彼の瞳は、一層澄んでいるに違いない。」(4)

この描写は、まるで標本になることを楽しみにしているよう。

今の恋人としての関係を続けるより、愛する人の過去の恋愛となり、美しく思い返してもらうことを選んだ…
そういったことを暗示しているのではないでしょうか。












まとめ

もちろん、失恋なんてことは表のストーリー上はでてきません。

ただ、物語中の内容を紐解くと、恋愛中の心の微妙な機微を描き、キチンと裏のストーリーができている。

とても素晴らしい作品だと思います。






皆様は「薬指の標本」をどのように感じましたか。

終わり。






参考引用文献
(1)Wikipedia,2018.1.9確認,チョウhttps://ja.m.wikipedia.org/wiki/チョウ
(2)富田隆,2017.4.14 「外見・しぐさ」で相手の心理を見抜く~他人の考えがわかる実践技術!~, SMART GATE
(3)コトバンク,2018.1.9確認,デシマルとは
https://kotobank.jp/word/デシマル-6336
(4)小川洋子,1994.1.1発行,2001.6.5 九刷,薬指の標本,p23,p36-37,p90,株式会社新潮社 新潮文庫



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