小川洋子の「薬指の標本」。
小川洋子は過去に芥川賞を受賞し、現在も芥川賞の選考委員会をしていることから、文学性の高い作中を執筆する作家さんです。
「薬指の標本」はそんな小川洋子の作品だけあって、しっかりと裏のストーリーまで練られています。
(裏のストーリーがあることは、芸術とそれ以外の分ける重要な要素と私は考えています。)
さらにこの小説は短編で90ページほどしかありません。すぐに読み終わることが出来、じっくりと思い返し考察することができます。
小川洋子の小説は比較的長編の「博士が愛した数式」が有名ですが、私は「薬指の標本」がオススメですす。
今回はこちらを私なりに考察してみたいと思います。
「そんなことワザワザ言わなくても分かっている」くらいの当たり前なことも書きますので、ご了承下さい。
サイダー工場で薬指を欠損した「わたし」は会社を辞め、標本製作所で勤務することになる。
小鳥の骨、キノコ、楽譜…
標本製作所には、様々な人が「閉じこめておきたい」思いの詰まったモノを持ち込む。
「わたし」は勤務しているうちに、標本制作者の弟子丸から身体にピッタリとなる革靴をもらう。
あまりにもピッタリな革靴は「わたし」を侵食しているが離すことはできない。
そんなある日、火傷をおった少女が顔の火傷を標本にしたいと申し出る。そしてその少女は標本室から出てこない。
そして、「わたし」は、過去に勤務していた従業員の多くは、突然、パタリと消えたことを知る。
後日、「わたし」は身体から離すことのできない「薬指」を標本にしてもらうため、標本室に訪れる。
薬指といえば、結婚指輪をはめる指ですよね。
つまり、薬指を欠損するということは、主人公の恋愛が結婚に結びつかない(恋愛が永遠に続かない)ことを暗示していると思われます。
これを重要が初めて履いたとき、「途中で四回、蝶々を踏んだ」そう。(4)
チョウというのは芸術では霊魂の象徴と言われます。(1)
このことから、靴が主人公の命を奪う(標本になる)ことを暗示しているのではないでしょうか。
この靴は物語中で重要な役割を担います。
靴は心理学に女性や性行為といったことを象徴するものです。(2)
例えによく出されるのが「シンデレラ」。
王子様が探していたのは実は性行為の相性が良い相手ということです。
物語の主人公が弟子丸から靴を貰い、その靴が身体にピッタリなのは、性行為を暗喩しているのです。
そして、靴が主人公を侵食するということは、主人公が恋愛にハマっていく様を裏のストーリーとして暗示していると思われます。
あまり聞かない名前ですよね。
弟子丸はカタカナで書くとデシマル。
デシマルといえば小数点を意味する用語です。(3)
小数点は1と0の間に置くもの。正数と小数の境界を意味します。
標本技術者の弟子丸氏は現実世界の「モノ」を「標本」に置き換える、まさに「境界」の人です。
このように弟子丸氏という名前は、標本と境目を意味することを示しているのです。
また、このように数学の用語を用いるのは、数学用語を多用する「博士の愛した数式」を書いた小川洋子ならでは、と言えるポイントです。
作中でも標本について、
「…封じ込めること、分離すること、完結させることが、ここの標本の意義だからです。」(4)
と語られています。
自分の中に封じ込め、そっとしまい込んでおきたいもの…
これって過去の恋愛のことですよね。
主人公が作中で、火傷の少女が気になったのは、過去の恋愛が気になるということではないでしょうか。
確かに愛した人の過去の恋愛ほど気になるものはありません。
過去の思い出は美化されるもの。
愛する人の過去の思い出を超えることは出来ないのではないか…と、恋愛中は錯覚してしまいます。
つまり、弟子丸氏の標本になるということは、弟子丸氏の過去の恋愛の記憶となることを暗示しているのではないでしょうか。
その証拠にこの小説のタイトルも「薬指の標本」。
薬指は恋愛の象徴。
よって
薬指の標本=恋愛の標本
を意味していると思われます。
主人公が標本になるときの描写も、死を意味するはずなのに、悲しみはありません。
実際に、小説中にはこのような記述があります。
「弟子丸氏はわたしの標本を大事にしてくれるだろうか。時々は試験管を手に取り、漂う指を眺めてほしいと思う。わたしは彼の視線を一杯に浴びるのだ。保存液の中から見える彼の瞳は、一層澄んでいるに違いない。」(4)
この描写は、まるで標本になることを楽しみにしているよう。
今の恋人としての関係を続けるより、愛する人の過去の恋愛となり、美しく思い返してもらうことを選んだ…
そういったことを暗示しているのではないでしょうか。
ただ、物語中の内容を紐解くと、恋愛中の心の微妙な機微を描き、キチンと裏のストーリーができている。
とても素晴らしい作品だと思います。
皆様は「薬指の標本」をどのように感じましたか。
終わり。
参考引用文献
(1)Wikipedia,2018.1.9確認,チョウhttps://ja.m.wikipedia.org/wiki/チョウ
(2)富田隆,2017.4.14 「外見・しぐさ」で相手の心理を見抜く~他人の考えがわかる実践技術!~, SMART GATE
(3)コトバンク,2018.1.9確認,デシマルとは
https://kotobank.jp/word/デシマル-6336
(4)小川洋子,1994.1.1発行,2001.6.5 九刷,薬指の標本,p23,p36-37,p90,株式会社新潮社 新潮文庫
同カテゴリのブログはこちらから
にほんブログ村
小川洋子は過去に芥川賞を受賞し、現在も芥川賞の選考委員会をしていることから、文学性の高い作中を執筆する作家さんです。
「薬指の標本」はそんな小川洋子の作品だけあって、しっかりと裏のストーリーまで練られています。
(裏のストーリーがあることは、芸術とそれ以外の分ける重要な要素と私は考えています。)
さらにこの小説は短編で90ページほどしかありません。すぐに読み終わることが出来、じっくりと思い返し考察することができます。
小川洋子の小説は比較的長編の「博士が愛した数式」が有名ですが、私は「薬指の標本」がオススメですす。
今回はこちらを私なりに考察してみたいと思います。
「そんなことワザワザ言わなくても分かっている」くらいの当たり前なことも書きますので、ご了承下さい。
あらすじ
サイダー工場で薬指を欠損した「わたし」は会社を辞め、標本製作所で勤務することになる。
小鳥の骨、キノコ、楽譜…
標本製作所には、様々な人が「閉じこめておきたい」思いの詰まったモノを持ち込む。
「わたし」は勤務しているうちに、標本制作者の弟子丸から身体にピッタリとなる革靴をもらう。
あまりにもピッタリな革靴は「わたし」を侵食しているが離すことはできない。
そんなある日、火傷をおった少女が顔の火傷を標本にしたいと申し出る。そしてその少女は標本室から出てこない。
そして、「わたし」は、過去に勤務していた従業員の多くは、突然、パタリと消えたことを知る。
後日、「わたし」は身体から離すことのできない「薬指」を標本にしてもらうため、標本室に訪れる。
薬指の欠損が意味するもの
サイダー工場の機会に挟まれ、薬指の一部を欠損する「わたし」。薬指といえば、結婚指輪をはめる指ですよね。
つまり、薬指を欠損するということは、主人公の恋愛が結婚に結びつかない(恋愛が永遠に続かない)ことを暗示していると思われます。
靴でチョウを踏む
弟子丸氏から貰った革靴。これを重要が初めて履いたとき、「途中で四回、蝶々を踏んだ」そう。(4)
チョウというのは芸術では霊魂の象徴と言われます。(1)
このことから、靴が主人公の命を奪う(標本になる)ことを暗示しているのではないでしょうか。
靴は性行為の象徴
弟子丸氏から貰った靴。この靴は物語中で重要な役割を担います。
靴は心理学に女性や性行為といったことを象徴するものです。(2)
例えによく出されるのが「シンデレラ」。
王子様が探していたのは実は性行為の相性が良い相手ということです。
物語の主人公が弟子丸から靴を貰い、その靴が身体にピッタリなのは、性行為を暗喩しているのです。
そして、靴が主人公を侵食するということは、主人公が恋愛にハマっていく様を裏のストーリーとして暗示していると思われます。
弟子丸=decimal
標本技術者の弟子丸氏。あまり聞かない名前ですよね。
弟子丸はカタカナで書くとデシマル。
デシマルといえば小数点を意味する用語です。(3)
小数点は1と0の間に置くもの。正数と小数の境界を意味します。
標本技術者の弟子丸氏は現実世界の「モノ」を「標本」に置き換える、まさに「境界」の人です。
このように弟子丸氏という名前は、標本と境目を意味することを示しているのです。
また、このように数学の用語を用いるのは、数学用語を多用する「博士の愛した数式」を書いた小川洋子ならでは、と言えるポイントです。
標本になるということ
標本は誰に自慢することもない、思い出すこともなく、そっとしまい込んでおきたいもの。作中でも標本について、
「…封じ込めること、分離すること、完結させることが、ここの標本の意義だからです。」(4)
と語られています。
自分の中に封じ込め、そっとしまい込んでおきたいもの…
これって過去の恋愛のことですよね。
主人公が作中で、火傷の少女が気になったのは、過去の恋愛が気になるということではないでしょうか。
確かに愛した人の過去の恋愛ほど気になるものはありません。
過去の思い出は美化されるもの。
愛する人の過去の思い出を超えることは出来ないのではないか…と、恋愛中は錯覚してしまいます。
つまり、弟子丸氏の標本になるということは、弟子丸氏の過去の恋愛の記憶となることを暗示しているのではないでしょうか。
その証拠にこの小説のタイトルも「薬指の標本」。
薬指は恋愛の象徴。
よって
薬指の標本=恋愛の標本
を意味していると思われます。
主人公が標本になるときの描写も、死を意味するはずなのに、悲しみはありません。
実際に、小説中にはこのような記述があります。
「弟子丸氏はわたしの標本を大事にしてくれるだろうか。時々は試験管を手に取り、漂う指を眺めてほしいと思う。わたしは彼の視線を一杯に浴びるのだ。保存液の中から見える彼の瞳は、一層澄んでいるに違いない。」(4)
この描写は、まるで標本になることを楽しみにしているよう。
今の恋人としての関係を続けるより、愛する人の過去の恋愛となり、美しく思い返してもらうことを選んだ…
そういったことを暗示しているのではないでしょうか。
まとめ
もちろん、失恋なんてことは表のストーリー上はでてきません。ただ、物語中の内容を紐解くと、恋愛中の心の微妙な機微を描き、キチンと裏のストーリーができている。
とても素晴らしい作品だと思います。
皆様は「薬指の標本」をどのように感じましたか。
終わり。
参考引用文献
(1)Wikipedia,2018.1.9確認,チョウhttps://ja.m.wikipedia.org/wiki/チョウ
(2)富田隆,2017.4.14 「外見・しぐさ」で相手の心理を見抜く~他人の考えがわかる実践技術!~, SMART GATE
(3)コトバンク,2018.1.9確認,デシマルとは
https://kotobank.jp/word/デシマル-6336
(4)小川洋子,1994.1.1発行,2001.6.5 九刷,薬指の標本,p23,p36-37,p90,株式会社新潮社 新潮文庫
同カテゴリのブログはこちらから
にほんブログ村
コメント